「そういえばあなたもうすぐ誕生日よね。」
ある日の晩、ふと思いついたように嫁が言った。
「そういや、そうだ。」
この年になると自分の誕生日もあやふやだ。
そういえば今年いくつだっけ?
四十を過ぎたころから、歳を数えることをしなくなった気がする。
「何か欲しいものとか、して欲しい事とかある?」
ほう。
なんだよ。可愛いこと言うじゃないか…。
20年も連れ添った嫁がこんなこと言うなんて。うれしい…
とはならない。
我が家ではそうはならないんだ。
逆にこんな時は要注意だ。
予防線をはっておこう。
「いや… 今は特にないかな。」
あたりさわりのない言葉でさらりとかわす。
間違っても、「新しい塗装ブース買っておくれ」とか、「プレバンで来年発売予定のガンプラ予約させておくれ」、などと言ってはいけない。
「あたしはねぇ!そんなものをあなたにあげたいわけじゃないのよ!」
と、こうなるのは目に見えている。
理不尽なはなしだが。
そう。
これは彼女がワタシにしてあげたいことが、もうすでに彼女の中で決まっているパターンだ。
「なんでもいいのよ。なんかないの?」
「そうだねぇ。〇〇(嫁)がしてくれることならなんだって嬉しいんだけどね。」
歯の浮くような言い回しで嫁の言葉を交わしながら、嫁が納得する方向を探ってやる。
今一番大事なことは、彼女が何をしたいと考えているかだ。
ワタシの誕生日なのに。
なんて、親切な旦那だ。
自分で言うのもなんがだ、俺は旦那のプロだな。
えらいぞ。
。。。
「じゃあ、外で食事して、映画でも観ない?」
嫁が言った。
なるほど。映画が見たかったわけね。
「いいよ。何が観たいの?」
「だめよ。あなたの誕生日なんだから、あなたが決めないと。」
そうくるか。んー。
難しい。彼女にはきっと見たい映画があるに違いない。
これ外すと機嫌を損ねるのは間違いない…
気が重いなぁ。ってゆうか。ちょっとめんどくさい。
「ははッ そうだねぇ…」
…
恐らくは、ジャニーズのタレントか、推しの俳優が出ている映画なんだろうけど…
ワタシの中にそんな選択肢などあるはずもない。
…
例えば、ここで「閃光のハサウェイ観に行こう」っていったら嫁はどんな顔をするだろうか。
ふと、そんな邪な思いが心を横切った。
ワタシの誕生日なんだからたまにはわがまま言ってもいいのでは?
まあ、冗談半分、ダメもとで言ってみるか…
「閃光のハサウェイが観たい…」
すると
「なによそれ?」
いつもと違う旦那の反応に嫁が少し意外そうな表情をみせた。
よし。悪くない。
隙が出来たぞ。
たたみかけろ!
「いやね。これガンダムの映画なんだけど、4DXなんだよ!椅子とか動くし、エアとかいろいろ噴き出て、3Dでさ、とにかくすごいらしいんだよ!会社の〇〇さんも行ったらしいよ!」
「面白いの?」
「面白いも何も、映像とかもすっごい綺麗だし、空襲のシーンがあるらしいんだけど、ほんとに死ぬかと思うくらいらしいよ。」
「へぇ~ そんなにすごいんだ。」
「そーなんだよ。とにかくドドッーンが、ババーンで、ガガーってなって4DXが凄いらしいんだよ!」
「へぇー。なんだか分かんないけど、面白そうね。わかった。それ、予約しておくわ。」
「えっ? マジで、ほんとに⁉」
意外とあっさり決まった。
決まる時ってだいたいこんなもんだ。
やいやい。
言ってみるもんだなこれ。
まさかこの年で嫁と二人でガンダムを観ることになるとは。
ふふっ。
いいな。
誕生日が待ち遠しいのはいつぶりだろう。
その日はそんないい気分で床に就いた。
…
そして翌日の晩。
冷ややっこに醤油を垂らしながら嫁が言った。
ちょっと。ボクのにもかけてよ。。
「予約取れたわよ。」
「マジで!ありがとう。」
てか、ハサウェイは、平日なら予約などしなくても余裕で観れるはずだけどね。
「でもハサウェイ?はもう4DXやってないって。今、4DXはゴジラなんだってさ。」
「ふ~ん。そうなんだ…、ん? 予約したのってハサウェイだよね?」
恐る恐る聞いてみた。
「ゴジラよ。だからもうこの時期に4DXで観れるのはゴジラだけって言ったじゃない。」
…
そうきたか…
なんてことだ…
まあ、考えてみれば当たり前か。
でもゴジラは見たくないよ…
ふたりとも見たくない映画を4DXで観ることほど馬鹿らしいこともないだろう。
今ならまだ間に合う。
キャンセルしてもらおう…
でも、きっと怒るなコレ…
なんで自分の誕生日なのに憂鬱な気分にならねばならんのか。
むむぅーー。
理不尽!!!